自分で脱毛するなら家庭用脱毛器がおすすめです

今の日本で「脱毛」といえばミュゼプラチナムなどの脱毛サロンでやってもらうのが主流だと思います。
しかし脱毛サロンに通えない、通いたくないという人がいるのも事実です。
理由としては

  • 仕事などが忙しくて時間がない
  • いつも予約でいっぱいで予約が取れない
  • 自分の行動範囲内に脱毛サロンが無い
  • 恥ずかしい
  • 高額コースへの無理な勧誘が心配
  • 過去に嫌な思いをしたことがある

といったところでしょうか。

こういった人たちにおすすめしたいのが家庭用脱毛器ケノンです。
もう何年も前から人気のある、もはや定番と言ってもいい家庭用脱毛器です。
おそらく販売は通販のみだと思うので、ヨドバシカメラやビックカメラなどの家電量販店では買えないはずです。
通販はケノンの公式サイトや販売会社の公式サイトなどで購入できます。
値段は7万円前後で日によって若干値段や購入時のおまけが変わります。
7万円前後は高いと思うかもしれませんが本格的に脱毛サロンに通うと10万円以上は余裕でかかりますので、それを考えればとても安いはずです。
カートリッジと呼ばれる部品だけは消耗品なので、ショット数が使用限度に達したら新しいものと交換する必要がありますが、本体は故障しない限りはずっと使用できます。
もちろん、カートリッジは最初からついていますし公式通販サイトであとから買い足すこともできます。
1台あれば自分と娘の二人で交互に使うといったこともできます。

長い間売れている商品なだけあってネット上の評判もとてもいいです。
業者のサクラレビュー(自演レビュー)などを心配する人もいるかもしれませんが、そういったことを差し引いて考えても好意的なレビューがたくさんついているので人気は本物だと思います。

ムダ毛のセルフ処理にはブラジリアンワックスとか除毛クリームとかもありますが、そういったものも使い続けるにはやはりお金がかかりますし、カミソリでの処理はとても面倒ですね。
特にワキ毛のカミソリ処理は自分ではなかなかきれいに剃れません。

自分で脱毛するなら家庭用脱毛器ケノンをおすすめします。
 
<参考サイト紹介>

ワンデーの日本製カラコンを探している人へ

今日本で販売されているカラコンはほとんどが台湾や韓国で製造された海外製です。
では、日本で製造された日本製カラコンがあるのかというとあります。
しかしワンデー使い捨てタイプの日本製カラコンというのは今のところ存在しません。

まず、日本製カラコンを販売しているメーカーはフォーリンアイズとトラスティトラスティのふたつだけです。
しかし、この二つの日本製カラコンはどちらも1ヶ月交換タイプです。
フォーリンアイズにはワンデー使い捨てタイプのカラコンもあるのですが、ワンデーだけはまだ海外製のみの扱いです。

ワンデー使い捨てタイプにこだわりがある人は海外製のワンデーカラコンを買うしかありません。
そして日本製にこだわりがある人は1ヶ月交換タイプを買うしかありません。

安全面についてははっきり言ってどちらもあまり変わらないと思います。
重要なのは「厚生労働省から高度管理医療機器として承認されたカラコンなのかどうか」ということです。
承認されているカラコンであればたとえ海外製であっても安全面についてはそれほど心配する必要はありません。
日本製の方が安心感が高いかもしれませんが、1ヶ月交換タイプのカラコンよりも1日使い捨てカラコンの方が衛生的だという考え方もできます。

結論としては「厚労省承認済みカラコンなら、安全面に関しては1ヶ月交換タイプでも1日使い捨てタイプでも問題なし」ということなので、好きな方を購入すればいいと思います。
あとは、一度つけ外ししたカラコンを友達と貸し借りしない、カラコンを付けたまま眠らないなどの使用上の注意を守って使えば大丈夫です。

参考:ワンデーの日本製カラコンはあるの?

牧野信一 3

 彼は徳利を倒にして、細君の顔を見返つた。
「未だ!」周子はわざとらしく眼を丸くした。
「早く! それでもうお終ひだ。」特別な事情がある為に、それで余計に飲むのだ、と察しられたりしてはつらかつたので、彼は殊更に放胆らしく「馬鹿に今晩は寒いな。さつぱり暖まらないや。」と附け足した。だが事実はもう余程酔つてゐたので、嘘でもそんな言葉を吐いて見ると、心もそれに伴れて、もつと何か徒らなことでも云つて見たい気がした。だけど、母も周子も、手際よく顔付きだけはごまかしては居たが――それは一層彼にしては堪らない同情のされ方で、普段ならばもう大概母が断わる頃なのにも関はらず、
「全く今晩は寒い、ひよつとすると雪かも知れない。」などゝ云ひ乍ら母は酒の燗をした。
「もう今日で五日位ゐになるかしら、お父さん?」と周子は彼に云つた。彼と母ではこれ位ゐのことでも口には出せなかつた。

 強ひては生活のかたちに何んな類ひの理想をも持たない、止め度もなく愚かに唯心的な私であつた。――いつも、いつも、たゞ胸一杯に茫漠と、そして切なく、幻の花輪車がくるくる廻つてゐるのを持てあましてゐるだけの私であつた。廻つて、廻つて、稍ともすると凄まじい煙幕に魂を掻き消された。
 私は、そんな自分を擬阿片喫煙者と称んでゐたが、私の阿片は、屡々陶酔の埒を飛び越えて、力一杯私の喉笛を絞めつけながら怖ろしい重味で今にも息の根を止めようとするかのやうな勢ひで覆ひかぶさることが多かつた。
 私の無上の悲しみは、私が、私の幻を幻のままにこの世に映し出す詞藻に欠けて、余儀なく、凡そ自ら軽蔑し去つてゐる筈の、在りのままの身辺事を空しくとりあげては、さまよへる己れの姿に憐れみを強ひられる嘆きであつた。地上で出遇ふ「悦び」や「悲しみ」――そして、あらゆる出来事に対して、何か私は縁遠い妄想感を抱いてゐるといふかの如き自覚! それ自体が、不断の嘆きであつた。そして、また私は、事毎に、この世で出遇ふあらゆる出来事に、在る間は、惑溺し、熱中し、根限りの現を抜かして、棄てられるまでは自ら先に離さうとしない執心に、因果な矛盾を感じるのであつた。私は長年の間、謙遜と諧謔と憧憬とをプレトン派に学び、エピクテイタス、マルクス・オウレリウス流に遡つてゐるにも係はらず、この劣等な学徒は徒らに営養不良に陥つたり、空しく神経衰弱に罷つたりするばかりで、己れの妄想を、理想! と称びかへるまで健全になり得なかつた。

「見物してゐるわ――」
「好興な話だな。――ぢや一番俺達の達者なところを見せてやらうか。」
「どうぞ――」
 と二人の芸妓は横を向いていつた。
「よしツ!」
 二人は浴衣を脱いで砂地に走り出た。煙草をふかしたり、手拭を頭に巻きつけたりしながら二人は、わざと悠々たる足どりで歩いてゐたが、四五間行つたかと思ふと、異口同音に、
「こいつあ、堪らねえ!」
「おツそろしい熱さだな!」
 と叫ぶがいなや、ワツ! といつて、煙草も何も放り出して一目散に波打ちぎはを目がけてころげ込んだ。
「さつきの人達の方が余ツぽど偉いわね。」
「あいつと来たら何でも口ばつかしなのよ。」
「大嫌ひさ!」
 二人の芸妓はそんなことをいひ交してゐた。

牧野信一 2

 私は、背に擦硝子を思つたゞけでゾクゾクとしながら、凝つと怺えて前の方の葉の落ちきつた痩せた木々が冬らしい白い空にくつきりと伸びてゐる姿を静かに見あげてゐた。――幸ひに毎日、風のない麗かな日が好く続いてゐたが、私の砂を口に含んでゐるやうな苛々病はもうそろ/\起りかけてゐた。これが最少し嵩じると私は、稀に散歩に出かけても瀬戸物屋の前が通り憎くなるのであつた。
 何処の家でも、もうとうに冬のカーテンを懸けてゐる。斯んなに鼠色に汚れた白い布などを引いてゐる家は一軒だつて見あたらない、これからは昼間でも寒い曇り日などには幕を掛けなければならないのだ、厚味のある重さうな何々色のカーテンをあたりに引き廻らせれば温かく落つく、硝子戸一枚だつて決して心配はいらない――と、いふやうなことを彼女は幾度も説明したが、私は自分から先きに云ひ出したのにも係はらず、と聞くと、私はあまりに乗り気にもならなかつた。そして、反つて私は彼女の提言を嘲笑ふやうな顔をしたりした。
「堪らないのは、このうしろの窓だ。」と、私は唇をもぐもぐさせながら云ふだけのことだつた。「幕の下にでも俺は、あの擦硝子を感ずると凝つとしてはゐられなくなりさうだ――何か他に好い工夫はないかな。」
 別段、反対する程の積極性もなかつたが私は、彼女がそんな重さうな何々色の布などを遥々と買ひに出かける姿を想像したゞけでも何だか憶劫だつた。

 大体彼は、生来健康な質だつたから、どんな医学的の知識にも欠けてゐた。だから、初めはこれに随分驚かされて、洗面の後暫くの間は何時も精神的な鬱陶しさを強ひられるのが常だつたが、それも今ではすつかり慣れてしまつて、どうかした調子に中途で収まりさうになると、故意に喉を鳴らして技巧的に吐き出すこともあつた。
 左様して彼は、毎朝日課のやうに、何となく洞ろな感じに苦しい、酷く騒々しい手水を使ふやうになつてゐた。
 彼の四歳になる長男は、毎朝その傍で父の異様な苦悶を見物した。そして、稍ともすればゲーゲーと喉を鳴して、その時彼がするやうに両手を糸に吊された亀の子のやうにひらひらさせて、その彼の苦悶の真似をした。――どんな種類の苦しみに出遇つても、まつたく堪え性のない彼は、その通りに毎朝、縁側の端の、洗面が終れば直ぐに取り片づけてしまふ流しにのめつて、いつも変りなくそんな格好をするのが習慣の一つになつてゐた。

「春子、春子、春子!
 おゝ、お春ちやん、よくこんなに早く来られたね。僕はさつきから随分待つて居たよ。お春ちやん、若し君が来て呉れなかつたならば、あゝ考へるのも怖しい。
 手紙は着いたの、
 あゝ、それやよかつた。
 ――おやおや君は泣いてゐるね、どうしたのさ、何が悲しいの、折角遇つたのに泣いては嫌だよ。
 君が泣けば僕だつて泣き度くなるもの……それが恋ぢやないか……ね、もう心は云ふまでもなく解り合つてゐるのだから、泣くのは止めやう!
 嬉し涙だつて! さう。
 僕のも嬉し涙だよ。

牧野信一

 夕涼みがてらの散歩の人々で西河岸通りはいつものやうに賑つて居た。夕べは未だ暮れ切れなかつた街の彼方が霧のやうに烟つて遠くの灯りが滲むで見へた。だん/\にその霧が屋根を伝つて眼の前に押し寄せて来るやうにも見えた。金魚屋の前などは後方から覗けない程人が大勢寄りたかつてゐた。植木店の盆栽の青葉は一枚一枚月の雫に浴して居た。
「随分賑やかね。ねえ綾ちやん、まだ早いから銀座へ行つて見ませうか。」と母は綾子の機嫌を取るやうにして促した。
「何か欲しいものはないの。先程の指輪はあれで、気に入つて?」
「え、もう沢山、別に欲しいのはありません。でもお母さん何か御用がおありなら行きませう。」
「さうね……」母は反つて困つてしまつた。「欲しいものがなければ仕方がありませんが――私は綾ちやんが何か考へてるやうですから、さつきのものが気にでも入らないのかと思つたのよ。」
「何か考へてゐるやうに見えますか?」綾子は自分の心が表情に現はれて居るのかと思つて驚いた。
「何でもなければそれでいゝのよ。」

 綽名だけは一人前――悪党きどりの不良少年――母島村長の懇望から三十人をけふ島送り――。
 未だ十三や十四の身空でオートバイ、洋服、熊、ガタ倉、黒、トガワ、青坊主、ヤセ馬等といふ綽名を持ち、ひとかどの悪党きどりで浅草公園を中心に新公園、寺院墓地、雷門、川崎銀行裏、五重塔等に屯して、かつぱらひやすりを働く不良少年の群には、所轄署に於ても一方ならず手を焼いてゐるが、今回小笠原の母島から上京した同村長がこれ等の不良少年を名もなつかしき母島へ伴れて行つて砂糖栽培に従事させ、丁年までには真人間にして還したいといふ希望を齎したので不良少年保護所から所轄署に依頼し、所轄署では×日の午後十時を期して×警部補指揮の下に和服が総出となつて公園附近をかり立てた結果札付きの不良少年三十名を取り押へたがその中でも比較的年が若くて質の好くない左の十五名を小笠原へ送ることゝなり、×日横浜出帆の郵船××丸で村長が伴れて行つた、母島では各農家に分配して使傭する筈。――

 八畳、四畳半、玄関三畳――間数はこの三間で、家の形ちは正長方形である。私は、この家の主人となつていつも八畳の何一つ装飾のない床の間の脇に坐つてゐた。この北側にも一間幅の窓があつて、此処も昼夜兼帯の硝子戸一枚だつた。だがこれは擦硝子なので、未だ幕を取りつけてはなかつたが、今では夜になると氷を背負つてゐるやうな感があつた。それに、どうも見た処が雨戸代りにはなりさうもない体裁だつた。
「こんなにまでしても体裁の方が大切なのかな。浅猿しい気がする。ボロでも安普請でも関はないが、斯んな見せかけは閉口だ。」と、私は、時々顔を蹙めて呟いだ。秋が冬に変るに従つて私は、それを頻々と繰り返すやうになつた。――冬になると私は、大概の日は歯が陶器のやうに浮いて、中でも擦硝子を見ると膚に粟が生ずるのであつた。歯質が幼時から悪く今では三分の二は義歯を入れてゐたし、いつも喫煙過度で舌がザラザラとしてゐた。冬の乾いた日が来ると私は、いつも口中に砂を含んでゐるやうな気持で、冷たく乾いたものを見ると直ぐに苛々させられた。普段それだけは手まめである髯剃りさへ、余程温かな湿り気のある日でもないと手が出なかつた。――これまでもの冬私は、そんな日には部屋を閉めきつて膚に汗を覚ゆる程盛んに湯気をたてゝ、そして吸入器の前で口をあけ通しにしてゐるやうなことが多かつた。